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社員ブログ

  • 創作トレーニング実習 第24回発表

    2012-06-16

    創作トレーニング実習 第24回発表
    第24回の課題は、「複数のシーンを並べることで、(こういうことが言いたい)とは書かずに、それを行間で表現してください」でした。
    言いたいことが書かれていませんので、いろいろ解釈できます。
    ■第24回採用作
                                                                   乃理子
     幼稚園バスに乗って出掛けていく息子に手を振る。同じように見送っている団地のママさんたちが、「美津代さん、ちょっとお茶しない?」と誘ってくる。
    「ごめん、私は……」
     全部言い終わらないうちに、「あ、仕事だよね」と突き放される。
     自宅のあるマンションの四階に戻り、化粧もそこそこに家を出た。電車で三十分、都心の雑居ビルに入り、二畳ほどの小部屋で待機する。安いソファに座り、雑誌でも読もうかとページをめくったところで店から電話があった。
    「薫子ちゃん? ご指名。北口のノースホテル四〇三号室へお願い」
    「はい、わかりました」
     時計を見るとまだ十時。こんな時間から女買う?
     四〇三号室に入ると、商用で東京に出てきたという中年の男がいた。デブで脂ぎっててしつこそう。吐き気をこらえて、「シャワーどうぞ」全裸になって男を迎える。
     息子は絶対国立の付属に入れる。そのためにはなんだってする。
     私は午前中だけパートをしている。仕事はデリヘルだ。
     最後の客に延長され、待機部屋を出たのは一時過ぎだった。ここから家までドアドアで一時間弱。今日は幼稚園バスが二時に来るからぎりぎり間に合うかどうか。いつもは帰ってからもシャワーを浴び、念入りに“痕跡”を消すが、今日はその時間がない。
     マンションが近づいたとき、幼稚園バスが追い抜いていった。慌ててバスを追いかける。バスが止まり、息子が降りてきた。
    「ママ、お仕事の帰り?」
     いつもはマンションのエントランスにいるのに、道路のほうから来たからそう思ったらしい。
    「そうよ」
     でも職種は言わない。言ってもわからないし、言うことでもない。
     私は息子の手を取り、エレベーターホールに向かう。すれ違いざま、どこかの母親が言った。
    「あら、いい香り」
     私は素知らぬ顔で階段に向かう。
    「今日は走っていこう!」息子と走り出す。
     どこかの主婦はまだ犬のように匂いを嗅いでいる。その声が追いかけてくる。
    「入浴剤かしら」
                                                                    (了)

  • 創作トレーニング実習 第23回発表

    2012-06-15

    創作トレーニング実習 第23回発表
    第23回の課題は、「浦島太郎は最後に玉手箱を開けておじいさんになってしまいますが、この伏線となる説明または場面を書いてください」でした。
    なるほど、未来の分まで先に使ってしまったのですね。
    ■第23回採用作
                                                                 小山正太
     太郎は竜宮城でフィーバーしていた。毎晩、人魚たちと踊ったり、騒いだり。それだけのことで、時間が経つのも忘れるくらい楽しいのが不思議だった。もっと不思議なのはこれだけ動きまわっているに、疲れが溜まらないことだ。
     その日も太郎は一緒に踊った人魚をナンパしていた。
    「僕もそうだけど、君も疲れ知らずだね」
    「当たり前じゃないですか。竜宮城は未来のバイタリティとエネルギーを今使うことができるんですよ」
    「面白いこと言うなぁ。じゃあここを離れたら疲れがどっと押し寄せてくるわけだ」
    「疲れなんて封じ込めておけばいいんですよ、例の……」
     人魚は太郎が二本足であることに気づき、押し黙った。
    「地上からのゲストの方につまらない話をしてスミマセン。疲れ知らずならもっと踊りましょ」
    「若いね」
    「まだ200歳ですから」
    「えっ?」
     自分の聞き違いだろうと、太郎は気にせず踊りはじめた。
                                                                    (了)

  • 創作トレーニング実習 第22回発表

    2012-06-14

    創作トレーニング実習 第22回発表
    第22回の課題は、「お好きなマンガや小説の設定やキャラクターを借り、新たに別の掌編を書いてみましょう」でした。
    採用作は、続編というよりはパロディのようでしたね。
    ■第22回採用作
     春の縁側
                                                               モロボシダン
     散歩中のシーボーズが家の前を通る。
     戦いのないのんびりした春の日、私は弟と縁側で渋茶をすすっていた。
     そこに孫娘がやってきて、隣にいる弟を見て、おや?という顔をしたあと、「こんにちは」と小さく言った。
    「覚えていないか、セブンのおじいさんだよ」
     ふあっ、ふあっ、ふあっ。弟が笑った。「会ったのはまだ赤ちゃんのときだ」
    「あの人?」
     孫娘は室内の壁にある額を指差した。そこでは私たち五人兄弟が肩を組んで写っている。
    「そうそう、まん中がセブンおじいさんだ」
    「じゃあ、昔は正義の味方だったんだ」
     弟は「まあね」とはにかむ。目尻に皺が寄る。
     孫娘が奥に行ってしまうと、一転、弟の愚痴が始まった。
    「あの子、写真を見て、俺だとすぐに分かったな」
    「おまえだけ見た目が違うからな」写真を撮ったとき、タロウはまだ生まれていなかった。
    「おかげでよく橋の下で拾ってきたって言われたよ」
     弟は渋い顔をした。
    「いいじゃないか、カッコいいんだから。名前だってカッコいい。僕なんか、おまえらがセブン、エース、タロウ、レオって言われているから、その流れでマンだぜ」
     帰って来たウルトラマンには愛称がなく、後年、苦肉の策でジャックと名付けられたことは敢えて言わなかった。
    「いや、やはり兄弟は上のほうが得だよ」
     弟は腕を組み、「うむ」と唸って話を続けた。
    「兄貴がスペシウム光線を流行らせたから、ウルトラ兄弟はみんなスペシウム光線をやると思われてるんだ。俺は十字型じゃなくてL字型、名前もエメリウム光線なのに」
    「そうだな」ひとつ頷く。「おまえの必殺技はエメリウム光線、ウルトラビーム、アイスラッガーだよな」
     そこで私は長年の疑問を思い出した。
    「アイスラッガーって、アイ・スラッガーなの? それともアイス・ラッガー?」
    「アイ・スラッガーだよ」
    「へえ」私は驚き、「でも、なんで?」
    「実はおれ、生まれたときは『ウルトラ・アイ』だったんだよ。ところが、父ちゃんが戸籍を出すとき、勝手に『ウルトラセブン』にしちゃって、その名残だよ」
    「なるほど」疑問はもうひとつあった。「で、頭の上のアイスラッガーを投げて、それがブーメランみたいに戻ってくるけど、自分の頭に刺さったことはないの?」
    「ないよ。あったら死んでるでしょ」
     弟はピシャリと言い、今度は逆に質問してきた。
    「兄貴って猫背だよね。なんで?」
    「それは僕に聞かれても困る」
    「肩は凝らない?」
    「凝るよ。でも、ときどきシーボーズやジャミラが揉んでくれるんだ」
    「いいなあ。おれの相手は変な宇宙人ばかりだから、肩揉みなんてことは……」
    「カプセル怪獣がいるじゃないか。忠実なしもべが」
    「だめだめ」弟は盛大に手を振る。「ウィンダムは力ないし、ミクラスは力任せに叩くだけだし。使えないんだよ」
    「いっそ、僕のスペシウム光線で電気治療してやろうか」
    「あほか、肩砕けるわ」
     弟がおどけてそう言ったとき、孫娘が箱を持って縁側に来た。
    「おじいちゃんにプレゼント」
     私は箱を受け取り、包装を解く。中身はサッカーボール大の卵だった。
    「これは?」
    「ゼットンの卵。大事に育てて、大人になったらバトルしてね」
    「そうだな、この怪獣墓場じゃ、粋のいい敵も自分で育てねばなあ」
     平和すぎるのもやれやれだ。
    「でも、強く育てすぎて、二度やられないようにね」
     ふあっ、ふあっ、ふあっ。弟に憎まれ口を言われ、私は頭をかく。
    「そのときはまたゾフィー兄さんに助けてもらうよ」
     かいた後頭部の塗装が剥がれ、ぼろぼろと落ちた。
                                                                    (了)

  • 創作トレーニング実習 第21回発表

    2012-06-13

    創作トレーニング実習 第21回発表
    第21回の課題は、「昔話『桃太郎』のストーリーはそのままに、これを小説にしてください。設定や人物名などは換えてかまいません」でした。
    「実の親子ではない」「子は親を助け、ひいては周囲の者も助ける」「援助する者が三人いる」というあたりだけ踏襲すれば、内容は「桃太郎」とまったく違ってかまいません。
    ■第21回採用作
     村を守る
                                                                比嘉隆太郎
    「だめだ、どれも中身がない」
     兵六は稲の束を放り投げ、居合の一撃を放った。二つになった稲穂がひらひらと舞い降りてきた。今年の夏は雨が降らず、稲穂の中はどれも空だった。それでも年貢は毎年決まった量を求められた。これでは村人が苦しむのは目に見えている。夜逃げする者もあろう。兵六は独りごちた。
    「そもそも、取れ高に関わらず年貢を集めるほうが悪い」
     兵六の言葉に、養父の吉次郎が「これ、兵六」とたしなめた。
    「いえ、江戸の市村様のことを言っているのではございませぬ。父上を追い出し、代官の地位についた阿久沢のことを言ったのです」
     ここ上州秋月村は、旗本市村家の知行地である。石高百五十。しかし、遠く江戸の市村家が自らの手で年貢を集めるわけではなく、実務は代官に任されている。
     三年前まで、吉次郎はその職にあった。ところが、急に任を解かれ、この三年は阿久沢が代官をしている。伝え聞いたところでは、毎年百五十石を保証すると言って市村家の奥方に取り入り、主の知らないところで阿久沢を後任としたとのことだった。
    「だとしても、いかんともしようがあるまい」
     吉次郎は黙して腕を組むばかりだった。
     翌日、兵六は吉次郎に申し出た。
    「この不作では死人が出ましょう。村の若い者を連れて猪狩りに行ってまいります。半月は帰りませんので、留守をお願い致します」
     家の土間に立つと、養母が寄ってきて、「無事を祈ります」と言って石を打った。
     二十日ほどして、兵六は帰ってきた。後ろには兵六が雇った長吉、兼三、円之助があり、それぞれ猪を一頭かついでいる。
    「これで少しは村も潤う」
     安堵の表情を浮かべる吉次郎に兵六は耳元でささやいた。
    「若い衆に猪を獲らせている間、実は私は江戸に行って参りました」
     吉次郎が眉根を寄せた。「何用あって江戸へ」
    「市村様にお会いし、村のこと、包み隠さず申し上げました」
    「それで、なんと?」
     兵六は懐から和紙を取り出した。吉次郎の顔色が変わった。上意と書かれている。
    「まさか、そなたがやるのか」
     兵六は、長吉、兼三、円之助を連れ、橋のたもとで阿久沢を待っていた。時は六つを過ぎ、あたりは夕闇に包まれている。
     やがて、橋の向こうに阿久沢の姿が見えた。酔っているのか、機嫌よさそうにのんびり歩いている。後ろには用心棒らしき男が五、六人いた。
     阿久沢が橋のこちら側まで来た。
    「阿久沢だな」
    「いかにも。貴殿は?」
    「吉次郎が長男、兵六」
     兵六は懐から和紙を取り出した。「上意である」
    「笑わせるな」
     阿久沢の声が終わらないうちに、和紙もろとも刀で払われた。みるみるうちに和紙が真っ赤になっていく。左手の小指が半分ちぎれ、ぶらぶらしていた。
    「やれ」
     阿久沢の声に配下の男たちが反応した。そこに長吉、兼三、円之助が助太刀に入り、橋の上では総勢十人近い男たちが小競り合いを始めている。兵六は欄干にもたれ、片膝をついて左手首を押さえていた。
     阿久沢が歩み寄ってきた。
    「こざかしい。もう終わりだ」
     上段に構えた阿久沢の剣が頭上から振り降ろされる。その剣が兵六を真っ二つにするかと思われた刹那、兵六の剣が阿久沢の脛を払い、返す刀で阿久沢を袈裟掛けに斬った。
     阿久沢はどうと倒れる。阿久沢の用心棒たちの動きが止まった。
     ちりぢりに闇に消えていく用心棒たちを見送りながら、兵六はつぶやいた。
    「これで父上に代官の座が戻った。村人も救われる」
                                                                    (了)

  • 創作トレーニング実習 第20回発表

    2012-06-12

    創作トレーニング実習 第20回発表
    第20回の課題は、「お手元にあるストーリーマンガを、そのまま小説にしてみましょう。完成したら元のマンガと比べてみましょう」でした。
    元になったマンガが手元にないのでなんとも言えませんが、目の前の絵を文字で伝えようとしていることは分かりました。
    夏目の視点で語ると、より小説っぽくなったかもしれませんね。
    ■第20回採用作
     夏目友人帳
                                                                 村上晶子
     三人の少年たちは、水が干上がったダム底を見ていた。
     少年たちのかたわらには三台の自転車が置いてある。
     夏休みのある一日を利用してこの山奥まで散歩をしに来たのだ。釣りでもしようと道具も持ってきていたが、この干上がりようでは釣れそうにもない。
    「すごいな、見ろ夏目。沈んでた村が姿を出してる」
     体格のよい少年が、細い体つきの少年――夏目に声を掛けた。
    「ああ、北本。鳥居や祠まで見えるな」
    「みんな水の底に沈んでたんだなー。すごいよな」
     北本と夏目の会話に西村が加わる。
     二十年前まで人々の日常があったはずのダム底は、今では古びた道路や腐りかけの家々があるだけだ。だが……夏目の視界には。
    「あ、人がいる。降りられるのかな、このダム」
    「え?」
    「ほら、あの家の窓のところで動いて……」
    「よせよ夏目」
     あんなところに人がいるはずがないだろう――。西村の夏の汗が冷や汗に変わった顔を見てしまってから、ようやく自分の見たものが『人ではない何か』であったことに気がついた。そうだ、それが要因で今まで人に遠ざけられてきたんだったと感じた瞬間、身体に重さを感じ、目の前が暗くなった。
     次に夏目が瞳に映したものは、自室の天井裏で、布団に横になっていた。いつの間にか自宅に帰っていたらしい。北本と西村が送り届けてくれたのだろう。家人にはそう重病ではないと判断されたようで冷たいおしぼりが額にのっていた。
    「目を回したって、夏目? 軟弱な奴め」
     夏目の自室にある招き猫が話しかける。
    「うるさいぞ。ニャンコ先生!」
     夏目が招き猫のからかいに応じる。この招き猫は、『ニャンコ先生』と夏目に呼ばれている。ニャンコ先生は自称用心棒としてこの家に住みついてしまった『妖怪』である。夏目は小さい頃から時々、変なものを見た。他の人には見えないらしいそれらは、このニャンコ先生やダム底の人影と同じく、妖怪と呼ばれるものの類であったのだろう。
    「ごめんください」
     窓の外から声がする。夏目が起き上がり外を見ると、闇の中、四匹の異形のものたちが待っていた。先頭の妖怪が話し始める。
    「夏目殿ですね? 我々は村と共に水底で眠っておりましたが、また水が張る前に名を返していただきたく参りました」
    「水底? お前たちあの干上がったダム底の村に住んでいたのか?」
    「はい。水が張ると簡単には地上に出られません」
     だから、干上がっている隙に名前を返してもらって再び水底で静かに眠りたいのだと、先頭の妖怪は言った。夏目の亡くなった祖母は、使役するため多くの妖怪の名を紙に書かせ集め『友人帳』という契約書の束を作った。孫である夏目貴志がその『友人帳』を遺品として継いで以来、今夜のように名の返還を求めて訪れる者への対応をしている。名を奪われた者は命を握られたも同じだとされている。だから夏目は、極力名の返還に応じようと努めている。
    「夏目殿、名前をお返しいただき、ありがとうございました」
     そう言い残して四匹の妖怪たちは夏目の家を去っていった。名を返す行為自体は簡単である。名が書かれた紙を友人帳の中から探し出し、その紙をかんでふっと息を吐くだけでその妖怪の名前は解放される。しかしこの行為には多くの弊害がある。体力をごっそりと奪われたり、妖怪の思念に引き寄せられたりしてしまうのだ。
    「疲れた……」
     夏目は再びぱたりと倒れた。
    「馬鹿者。素直に返しよって。……む?」
     ニャンコ先生が鼻をひくひくさせる。
    「妖怪の匂いがお前からぷんぷんするぞ」
     それはさっき四匹も妖怪が訪れてきていたからだろうと言い返したくなったが、ニャンコ先生がそれを制した。
    「お前にとりついている」
    「あのときか」
    「心当たりがあるのか? 私のものに手を出すとは。よし、私が祓ってやろう」
     そう言ってニャンコ先生は夏目に体当たりした。影が、夏目から離れる。
                                                                    (了)
    (緑川ゆき作『夏目友人帳 一巻』白泉社 2012年 第四話 155ページ~161ページ)

  • 創作トレーニング実習 第19回発表

    2012-06-11

    創作トレーニング実習 第19回発表
    第19回の課題は、「小道具にテーマを象徴させ、ショートストーリーを書いてみましょう。小道具は大きくても、モノでなくてもOKです」でした。
    採用作は、「ガラス=壊れやすい」という発想ですね。
    ストレートですが、これが「蕎麦打ち体験」とかだとまったく印象が違うわけで、
    その意味では小道具の威力を感じます。
    ■第19回採用作
     琉球硝子
                                                                 小山正太
     工房に入るとすぐ厚手のジャケットを脱いだから、彼女と沖縄で出会ったのは冬だったと思う。観光バスで隣同士になり、お互い長く付き合った恋人と別れたばかりだと知ると話がはずみ、二人とも焼酎が好きという理由で、自由行動の時に琉球ガラス村で一緒にグラスを作ることになった。
    「どの色にする? このブルーもかわいいよね」
     施設内のレストランでアイスコーヒーをすすりながら彼女は言い、突然押し黙った。グラスに口をつけたまま彼女は一点を見つめている。視線の先には幼い女の子が赤いグラスに入ったミルクを飲んでいた。
    「せっかくだし、温かい色がいいかな……」
     彼女に合わせて僕も赤色のグラスを作ることにした。
     夏場ほどではないものの体験希望者は多く、二人同時にグラスを作るのは難しいとのこと。彼女より五分遅れで工房に案内されると、球体が先端にくっついた細長い鉄棒を渡された。鉄棒の中は空洞で、球体は元玉と呼ばれるガラスの原液を固めたものらしくヌラヌラと照っていた。
     すでに彼女は空洞に息を吹き込み、元玉を膨らませ、窯にくべた鉄棒をまわして形を整える作業に取り組んでいた。工房の人が気を使って、「元玉は割り砕かれた廃瓶を1300度で溶かして作られる」などと説明をしてくれたが、僕は彼女に見とれていた。鉄棒をまわす指先はなめらかに動き、息を吹き込み膨らませた頬は窯の炎のせいか紅潮しているように見えた。
    「そんなに膨らませたら、薄くなって割れやすくなりますよ」
     と注意を受けていたが、彼女は聞こうともしなかった。
    「どっちが大きくできるか競争しようか」
     無邪気に笑う彼女に誘われ、僕も強く息を吹き込んだ。
     その晩、彼女のホテルの部屋で泡盛を飲むことになった。もちろん出来上がったグラスで。二つとも不格好で、大きくし過ぎたせいか色は赤というよりピンク近かった。そのくせ今にも壊れそうなほど薄っぺら。そっとグラスに泡盛を注ぎ、軽くこすり合わせる程度の乾杯をした。
     彼女とは偶然、帰りの飛行機でも一緒になった。今も覚えているのは、彼女が何度かガラス村に訪れていたという話程度のものだから、バスの時みたいに会話ははずまなかったのだと思う。
     僕らは空港で別れた。
    「今度連絡するね」と笑顔で言ってくれたが、彼女からの連絡はなかった。
     東京に帰ってきて、日常が戻り、仕事におわれる日々が始まった。旅行カバンは一週間もリビングに置きっぱなし。休日になってそのことに気づき、洗濯をするため恐る恐るカバンを開けた。中にはクシャクシャの衣類と丸められた新聞紙。
     その新聞紙が何だかわからずにいたが数秒間で気づいた。つかんだ時には手の中でシャリシャリと音を立てていたから、すでに原型をとどめていなかったと思う。
     新聞紙をゴミ箱に落とした時の砕け散った音だけは今でもハッキリと覚えている。
                                                                    (了)

  • 創作トレーニング実習 第18回発表

    2012-06-10

    創作トレーニング実習 第18回発表
    第18回の課題は、「ある男女二人は険悪な雰囲気です。
    人物の動作や表情、しぐさを書くことで、彼らの心理を表現してください」でした。
    第15回のときに「切ない」という言葉を使わないで「切なさ」を表現しましたが、
    ここでも心の中を意味する生の言葉を使わないように書けるといいです。
    ■第18回採用作
     挙式
                                                               河野めぐみ
    「やっぱりやめようよ、そういうの」
     紗都美から電話がかかってきた。
    「今さら遅いよ、レストランだって予約済みだ」隼人は応じない。
    「キャンセルすればいいじゃない」紗都美も負けてない。
    「いいじゃん、一生に一度しかないんだよ。あ、ケータイ、電池ぎれかも」
     といって話を終わりにしようとする。
    「なんの意味があるのよ」
    「けじめだよ、けじめ」ひとつ置き、最後のひと押し。「もう明日だからね、ちゃんと来てよ。来なけりゃ、こっちから行くからな」
     電話を切ろうとすると、「そういう強引なところが嫌いなのよ」という紗都美の声が聞こえたが、「じゃあね」とかぶせてケータイを切った。
     翌日の夜、紗都美は約束通り、渋谷にあるレストランに現れた。
     ビジネスウーマンらしい紺のスーツに縦ロールの髪を揺らし、隼人のいる半個室席に来た。
     一方の隼人はと言えば、ポロシャツにチノパンという格好。それでも無職の精一杯のオシャレだ。
    「一時間だけだからね」
     紗都美は釘を刺す。不満顔でも怒った顔でもなく、あきらめたような顔に近い。しょうがない、この人とも今日限りだから、最後ぐらい付き合ってやるかという顔だ。
    「はい、これ」隼人はバラの花束を差し出す。
    「あら」紗都美は一瞬うれしそうな顔をしたが、すぐに真顔になり、「むだなお金、使わなくていいのに」
     そこにウェイターが、小型のウェディングケーキのようなものを持ってきた。
     紗都美は頬杖をついて、半ば放心状態で隼人を睨んでいる。
    「どうだい、小型だけど、なかなかのもんだろう」
     紗都美は渡されたナイフをいやいやといった感じで受けとる。「ここまでやる?」
     隼人は椅子をずらし、紗都美の横に並んだ。
    「ほら、早く」
     隼人に急かされ、二人でひとつのナイフを握る。
     紗都美は隼人を睨んでいたが、あきれ果てて最後は笑みを漏らしていた。なに、これ。
    「いよいよケーキの入刀です。人生で最後の二人の共同作業です」
     そして、隼人と紗都美の離婚式は終わった。
                                                                   (了)

  • 創作トレーニング実習 第17回発表

    2012-06-09

    創作トレーニング実習 第17回発表
    第17回の課題は、「アフリカにザンジバルという島があります。
    その島の様子がありありと分かるように描写してください」でした。
    ここでは、現実のザンジバル島とはどんなところかは二の次です。
    読んだ人が、「なるほど、そういうところか」と想像できればOKです。
    採用作は、情景描写は弱かったですが、話はまとまっていました。
    ■第17回採用作
                                                            渡辺まゆみ
     飛行機から一歩踏み出した瞬間、私は黄色い風に包まれた。砂漠地帯に来るのは、生まれて初めての経験だった。鼻炎体質の私には、かなりつらい状況だ。日本から持ってきたマスクも一枚だけでは意味をもたず、二枚重ねて息苦しさと戦いながら空港の待合ロビーへと向かった。
     空港といっても、ほとんど屋外といった感じ。空港名を表示するためだけに設置されたような粗末な屋根があるだけ。入国審査のカウンターも税関もすべて黄色い砂をかぶっている。入国審査のやりとりをしているほんの短い間マスクをはずしたばかりに、私はくしゃみが止まらなくなってしまった。
     はっくしょん!
     この国で発した初めての言葉がこれだ。もともと低かったテンションが下がっていく。
    (現地集合!)
     見慣れた筆跡のメモと航空券が送られてきたのは先月のこと。二年以上の遠距離恋愛中、彼から届いた三通目の手紙だった。強引さに呆れて、メールで文句を言おうにも、電波の届かないところにいる彼に伝える手段がない。
     期限切れが近かったパスポートを引っ張りだして、仕事の段取りやら、準備やらであっという間に、出国の日を迎えた。その間、彼からの連絡は一度もなかった。
    「こっち、こっち!」
     懐かしい声が聞こえた。止まらないくしゃみをハンカチで包み込むように振り返ると、彼がいた。小麦色に焼けた逞しい腕が黄色い風を振り払うように左右に揺れている。
     生理的に流れる涙と共に、彼に飛びついた私に、彼が笑って言った。
    「よくここまできたなぁ」
     彼は髪の毛に積っている黄色い砂の厚さを誤魔化すように頭を振って、その勢いに紛れて私にキスをした。砂を噛むようなキスだった。汗で張り付いた黄色い砂がざらざらとしていたが、抱きしめてくれた彼の腕の強さに何もかも許せる気がした。
                                                                 (了)

  • 創作トレーニング実習 第16回発表

    2012-06-08

    創作トレーニング実習 第16回発表
    第16回の課題は、「あなたの目の前に料理があります。
    読んだ人においしさが伝わるように描写してください」でした。
     
    今回は残念ながら、これという作品がありませんでした。
    おいしさという個人的で抽象的な感覚を伝えるのって、難しいですね。
    五感を総動員し、感じが分かるように比喩なども駆使するわけで、
    これが簡単にできたらもうプロですね。
    プロの作品を読みたい方には、最近なら小川糸『食堂かたつむり』、
    村上龍のその名も『村上龍料理小説集』、
    少し古いけど、小林信彦『ドジリーヌ姫の優雅な冒険』、
    吉田健一『金沢・酒宴』などがあります。

  • 創作トレーニング実習 第15回発表

    2012-06-07

    創作トレーニング実習 第15回発表
    第15回の課題は、「あなたが「切ない」と思った出来事を思い出し、
    その出来事を『切ない』という言葉を使わないで表現してください」でした。
    切ない出来事はいろいろありますね。採用作は、ただ切ないだけでなく、
    意外性と軽い笑いを織り込んだ合わせ技が秀逸でした。
    ■第15回採用作
                                               PN・ミチル
     私はクラスの男子でリュウ君が一番好き。いや、学校中の男子で一番好き。
     一応、彼氏、いるんだけど、彼氏のサトシよりリュウ君が好き。憧れてるっていうか。
     ある日、リュウ君に呼び出された。ドキドキ。理科室前の廊下で、
    「好きなんだ、お願いだから、サトシとは別れてくれ」
     涙まで流している。私は超うれしくて、「うん、別れる」ってソッコーで応えた。
    「ありがとう。オレ、死ぬほど好きなんだ、サトシのことが!」
    「えええ?」
                                                 (了)