小説抄 其の1
編集部の黒田です。
中山道徒歩の旅は日本橋を出て京都三条まで行ってしまったので終わりにし、今回から新連載です。
タイトルは「小説抄」。多くの小説からほんの少し書き抜いたものという意味のように思わせて、実は単なる語呂合わせです。さて。
石原慎太郎は一橋大学時代に「一橋文芸」という同人誌を復刊させた際、穴埋めに自作の小説『灰色の教室』を使った。それが『文学界』の「同人雑誌批評」の中で絶賛され、慎太郎は小説家を目指す。ちなみに一橋大学を選んだのは、亡くなった父親の代わりに家計を助けるため、公認会計士になることを勧められたからだそうだが、これについては向いてないと断念、それならばと映画監督を目指そうとしていたときだった。
そんな折、『文学界』が新人賞を創設すると発表した。それで慎太郎は弟・裕次郎から聞いた噂話をベースに二作目を書く。それが昭和29年の第1回文学界新人賞、そして翌年の芥川賞もダブル受賞する『太陽の季節』である。
同作はのちに映画化され、「太陽族」という流行語まで生んだように、社会的にもセンセーショナルな事件となった。いかに注目されたかは、それまでは文壇の中のひとつの出来事に過ぎなかった芥川賞が、『太陽の季節』以降はジャーナリズムで大きく取り上げられるようになったことからもうかがえる。まさにエポック・メイキングな作品だった。
「盛り場で知り合った少女と肉体関係を結ぶ」「少女に飽きて彼女を兄に5000円で売る」「彼女が妊娠中絶手術を受けて死ぬ」というストーリーも凄い。内容が過激だから凄いのではなく、時代の思想を抜き取り、数十年先を予感させるものであったことが凄い。今読んで普通と思えることが逆に凄い。
それにしても、受賞させた選考委員にも恐れ入る。ちなみに顔ぶれは、伊藤整、井上靖、武田泰淳、平野謙、吉田健一の五人だったそうだ。