読者の小説 最優秀賞
●10題噺部門
最優秀賞
つくしの家
三浦幸子
大阪のある街に「つくしの家」という施設がある。一八歳までの子供なら、誰でも無料
で利用できる、古家をそのまま使っている小さな施設だ。
理奈は小学五年生。妹の杏奈といっしょに毎日放課後、ここに通う。
「おっちゃーん。ただいま」
「おう。おかえり」
家に帰っても聞けない返事がここでは返ってくる。
一年に何回か「お楽しみ会」という行事があり、今日は、その中でも楽しみにしていた
料理教室だ。
おっちゃんと呼ばれる施設長が、そのつるつる頭にタオルを巻き、出っぱったお腹に
エプロンを着け包丁を持って、もうなにやら野菜と格闘している。
「わあ、おっちゃん。みごとな格好やなあ。そうして刃物なんか振り回してたら、まるで
チンピラやで。もしかして、施設長とか言いながら、裏の顔はやくざやったりして」
理奈が、茶化すと、
「チンピラって言(ゆ)うな。おんなじ言うんやったら、親分て言え」
すると、そばで聞いていたボランティアの大学生のお姉ちゃんが、
「おっちゃん、子供相手に大人げないで。手え、もっと動かしてえな。理奈ちゃんも杏
奈ちゃんも、手え洗(あろ)うて、手伝い、手伝い」
「はーい」
二人が手を洗っていると、他の子達もぼつぼつ集まりだしてきた。
みんなでわいわい言いながら作業を進めていて、ふと居間を見ると、理奈と同級生
の優斗(ゆうと)が、壁にもたれて、なにやら熱心に本を読んでいる。
「ちょっとぉ、優斗。みんなと一緒に手伝わなあかんやん。何してんのん?」理奈が
声をかけると、優斗は、ぼそっとした声で、
「あんなあ、ボク、占い師になるねん」
「えっ、またなんでやねん?」
「昨日テレビ観てたらな、男の占い師が出てて、なんでも、よう当るねん。ボクも勉
強して占い師になって、家族のみんなの占いするねん。お父ちゃんもお母ちゃんも、
いつも『うちが貧乏なんは、運が悪いからや』言うてんねん。占ってあげたら開運する
て、テレビで言うてた」
「かいうん?」
「そうや。運の悪い事が、運の良いことに逆転するんや。それって、開運て言うんやで」
「へえ、親が『かいうん』するために本読んでるんか。そうか、ほな頑張って『かいうん』
しいや」首をかしげながら台所に戻った。
カレーのいい匂いがしている。
「ええ匂いやなあ、おっちゃん。なんか、急におなかが空いてきたわ」
「ほな、お皿に盛ろか」
そこへ、高校生の涼太が、飛び込んできた。
「おっちゃん、おっちゃん大変や。ここが無くなるて、ホンマか?」
「だれがそんなこと言うてんのや?」
「友達が言うてた。ニュースで言うてたって。なあ、おっちゃん知ってるやろ?」
「まあ、落ち着けや。今は偉いさんが言うてるだけや。この家が消えるか消えへんかは、
まだわからん。そやけど、偉いさんもアホばっかりと違う。話のわかる人もぎょうさん、や
はるさかい……。おっちゃんは希・望・的・観測してるんやけど……。まあ、なったらなっ
たでその時、対策考えたらええし」
「そんな、のんきな」涼太がため息をひとつした。
「それより、腹を満たすことが先決や。食べよ、食べよ」
みんなで、食べる御飯はおいしい。
親たちが仕事を終えて帰る夕方まで、ここに通う子供達は、まるで兄弟のように遊び、
けんかし、そして学ぶ。
残暑の夏の夕方、路地裏の「つくしの家」では、今日も、元気な子供たちの声が響く。
●実際にあった事件をもとにした小説部門
最優秀賞
天才
志水孝敏
「くっそ、やられた!」
ニュースを見た俺は、ガチガチと歯噛みしながらテーブルをぶん殴った。
俺は……いや、俺たちは、物を知らない連中からは犯罪者と呼ばれるけれども、実際
のところは芸術家なのだ。犯罪芸術家。犯罪は、あくまで我々の芸術を形にする手段で
ある。
そして芸術と言っても多種多様であるように、犯罪と一口に言っても、世の中にはいろ
いろある。その中で、我々の流派に属する者たちが目指すのは「無意味な犯罪」なのだ。
無意味さこそは人間が人間である証。無意味さこそが、人間のよって立つ知性の空虚
さを浮かび上がらせてくれる。
だが、何が無意味であるかは、人によって解釈が異なる。
例えば、ドイツの同胞はクリーニング屋に強盗に入った。彼は強盗の前に下見として店
に来て洗濯を頼んで行ったのだが、その時に自宅のほんとうの住所を書いたのだ。無論、
顔を覚えていた店員により、警察に住所を伝えられ、彼は逮捕された。
これは、けっして間抜けだからこんな行動を取ったのではない。そうではなくて、運命の
不可避性をシニカルに表現するためにこのような手法を取ったのだ。
またある詐欺師の同胞はわざわざ警察署に出向いて自分が指名手配されていないか
確認したし、ドラッグを盗まれたと被害届を出して自分が捕まった腕利きもいる。ユーモア
の漂う確かな技術だ。
しかし……今日のニュースに登場した新人は、それまでの先達を軽々と飛び越えるす
ばらしい腕前を示した。
そいつは強盗に入った。強盗自体は、我々の間でポピュラーな犯罪である。被害者と争
って負けたりもできるし、脅すための武器を間抜けなものにも変えられるし、融通が利くの
だ。しかし、そいつの武器は包丁であって、そんなところで小技を使ったわけではない。
その新人は、警察署に強盗に入ったのである。空前絶後だ。自己完結的であり、この行
動は人生の縮図と呼んでもいい。人は自分の終末を探しに行くのだ。なんたる詩情か。
「俺は……」
しばらく落ち込んでいた俺は、引退も考えた。自分は以前フライドチキンを持って強盗に
入ったこともあるが、そしてそれはそれなりに話題にもなったが、かの新人に比べればな
んということはない。チキンの骨だってそれなりに危ないし、俺のやったことは二番煎じに
過ぎない。
仲間たちと会っても、やつのことで持ちきりだった。実際に止めてしまった仲間も何人も
いた。すさまじいインパクトだったのだ。
俺は考えに考えた末、その新人に会ってみることにした。まずその新人が入れられてい
る刑務所に入らなければならない。俺はその刑務所の近くの街に行くと、小さな定食屋で
ランチを頼み、漬物だけ食べて逃げ出した。こんな犯罪など、ちょっとした小品である。そ
のまま捕まり、刑務所に入る。
そのあと、刑務所内の同胞の助けもあり、俺はあの新人に会うことに成功した。
「はじめまして」
「はあ」
新人はぼんやりとした顔で手を握り返した。
「すごかったじゃないか」
俺はにこやかに話を進めた。どこで我々の芸術を知ったのか、どこのコミュニティに属し
ているのか、実行の際に気を付けたこと。犯行後の供述の冴えも褒め称えた。
しかし、いっこうに要領を得ないのだ。自分の作品に対しても何のコメントも口にしないし、
話題になっていることを告げても喜ぶ様子もない。
長く問答を続けた末、ある可能性に思い至り、顔面蒼白になりながら言った。
「お前、まさか、犯罪芸術家じゃないのか……?」
「なんですか、それ?」
「……!」
俺は、真の天才を知った。我々が研鑽を重ね、必死に生み出す作品を、こいつは何も
考えずやすやすと……。
よく分かった、自分には才能がないと。そして、人生がいかに儚くて、無意味なものであ
るか、また人間が小手先で作り上げるものなど自然の偉大さに比べればいかに矮小か、
つくづく思い知らされたのである。
それから俺は、犯罪芸術家を引退し、さらに犯罪からも足を洗った。みじめにサラリー
マンに身を落として、暗澹たる日々を今でも送っているのだ。
(事件を報道した記事)
警察署に強盗男「金を出せ」
宮城、未遂容疑で即逮捕
12日午後0時40分ごろ、宮城県気仙沼市の県警気仙沼署1階にある交通安全協会の
受け付けで、男がカウンター越しに女性職員(37)に包丁を突きつけ「金を出せ。殺すぞ」
と脅した。
事件に気づいた署員数人が盾や刺股で男を取り押さえ、強盗未遂と銃刀法違反の疑
いで現行犯逮捕した。女性職員にけがはなかった。
同署によると、男は同市波路上明戸、無職畠山一博容疑者(22)。「金が欲しかった」と
話しており、詳しい動機を調べている。
逮捕容疑は、菜切り包丁(刃渡り約16センチ)で職員を脅し、現金を奪い取ろうとした疑
い。
同署によると、畠山容疑者は自家用車で署に乗り付け、食用油やライターも持っていた。