言葉処 其の89「今なお続く自粛ブーム」
ポール・マッカートニーの『Hi! Hi! Hi!』はドラッグ体験を歌ったもので、「Body gun」という歌詞が猥褻だと問題になったとき、ポールは「『Polygon(三角形)』と言ったのだ」と釈明した。ビートルズの『Lucy in the Sky with Diamonds』はLSD体験を歌にしたものと言われているが、ジョン・レノン自身は息子のジュリアンが描いたサイケな絵から着想を得たと言っている。
これらの曲は放送禁止になったり、なりかかったりしたようだが、禁止の条件は世界共通ではなく、また基準そのものも曖昧だ。放送コードにしても、具体的にこの言葉はだめという決まりはなく、時代性を鑑み、そのつど判断されているようだ。では、誰が判断しているかというと、戦前の言論統制とは違って“お上”ではなく、メディア側である。つまり、自粛ということだ。
それはいいが、問題は自粛の実態が配慮ではなく、クレームになったら面倒という事なかれ主義にあること。だから、言葉尻をとらえ、差別語ではない「片手落ち」といった言葉を排除したり、職業を聞かれた本人が「百姓です」と言っているのに、慌てて「ただいま不適切な発言があったことをお詫びします」と謝罪したり、手塚治虫や梶原一騎の名作のセリフを空白にしたりする。
今、「屠殺場」は「食肉加工場」に言い換えられるが、「食肉加工場のような殺人現場」としても差別であることは同じ。一方、「そこに屠殺場がある」に差別の意図はないが、一律NG。これは言葉さえ狩れば差別はなくなるという安易な発想を生む。そこで今は差別語かどうかではなく、差別の意図があるかどうかで判断するようになっているが、それでも今なお過剰な自粛は続く。(黒)



