小説抄 其の14「山際淳司『江夏の21球』」
今年のプロ野球はヤクルトとオリックスが連覇という異例の事態になりました。ドラフト制度導入以降、戦力にかたよりはなくなりましたので、なかなか連覇って難しいですけどね。選手もよくやりましたが、なんといっても監督かなあ。いいね、いいリーダーがいるチームは。
この時期、どうしても気になるのは引退試合ですね。王も長嶋も引き際がよかった。王なんか引退の年でもホームラン30本打ってますからね。でも、打った瞬間、「ホームランだ」と思った一打がライトフライのときがありました。事前に「巨人は負けた」と聞いていましたが、深夜のスポーツニュースを見たとき、これがホームランなら逆転という一打だったので、「あれ、9回に一度は逆転したのかなあ」と思ったほどでした。それほどの当たりだったのに、なんとライトフライ。「王も年なのかなあ」と思ったものでした。
長嶋茂雄もまだやれるっちゃやれました。打率も3割近かったですからね。でも、もう1年やって打率が悪いと、生涯平均打率が3割を切ってしまうという事情もあったでしょうし、9連覇した川上監督が勇退することも決まっていました。潮時だったかもしれません。ちなみに「潮時」とは「いいタイミング」という意味です。
で、引退試合での「我が巨人軍は永久に不滅です」のセリフです。
「永久」はモノに対して使う言葉で、正しくは「永遠に不滅」ですが、これも長嶋流ということで。
引退試合と言えば、2001年9月30日の斎藤雅樹投手ですね。
この年、斎藤はめちゃめちゃ酷使されたんですね。優勝がかかった天王山ではなんと五連投ですよ。もう長嶋監督のために殉死したようなものです。まあ、本望でしょうが。
私はアンチ巨人なのですが、アンチですら、引退試合前の投球練習を見て、「あんなへろへろの球じゃ、1イニングもたんだろ。引退試合でめった打ちくらうなんて可哀想」と見ていました。
最初のバッターは横浜ベイスターズの鈴木尚典。首位打者にもなったことがある名選手ですね。まあ、軽くセンター前ヒットだろうと思ったら、初球空振り。観客はどよめく。斎藤、意外といい球? 2球目も空振り。球場はやんやの大喝采。しかし、ここで疑念がわく。
「あれ、わざと空振りしている?」
そう思って見てはっきりわかりました。わざと空振りしているのです。あっぱれベイスターズ、粋なことをする。これは相撲で言う人情相撲、というか去りゆく先輩への敬意なのだとさとり、ちょっと感動しました。で、尚典、見事な空振り三振。
ところが、次打者を見て、「これはやばい!」と。そこにいたのは助っ人外国人選手ドスターでした。腰掛けで来て稼いで帰ろうという選手は記録に執着する。消化試合だろうと関係ない。日本に対する愛着もない。クールにドライに打つだろうな。悪いな、斎藤、引退試合なのにと思いました。
案の定、ドスターは当たれば場外かというフルスイング。ところがこれが当たらない。それもそのはず、バットとボールが20センチも離れている。かくてドスターは豪快に三振しました。敬意は国境をも越えるんですね。やるじゃないか、アメリカ人って感じでした。
後年、ベイスターズの大魔神、佐々木主浩投手の引退試合では、逆に巨人の清原が代打で登場、見送ればボールという落ちないフォークに三振したのでした。どう見ても故意ですが、試合後、「最後は世界一のフォークに空振りでした」と涙ながらに言われては、「わざとだよね」なんて無粋なことは言えません。小粋な男たちははなむけの心を忘れません。選手間には思いがあるのですね。
あ、山際さんのことを語る前に紙幅が尽きた。山際淳司さんは30年ほど前に公募ガイドに出てもらったことがあり……もう、いいか、この話。ブログも引き際が大事なんですよ。
(黒田)