創作トレーニング実習 第21回発表
創作トレーニング実習 第21回発表
第21回の課題は、「昔話『桃太郎』のストーリーはそのままに、これを小説にしてください。設定や人物名などは換えてかまいません」でした。
「実の親子ではない」「子は親を助け、ひいては周囲の者も助ける」「援助する者が三人いる」というあたりだけ踏襲すれば、内容は「桃太郎」とまったく違ってかまいません。
■第21回採用作
村を守る
比嘉隆太郎
「だめだ、どれも中身がない」
兵六は稲の束を放り投げ、居合の一撃を放った。二つになった稲穂がひらひらと舞い降りてきた。今年の夏は雨が降らず、稲穂の中はどれも空だった。それでも年貢は毎年決まった量を求められた。これでは村人が苦しむのは目に見えている。夜逃げする者もあろう。兵六は独りごちた。
「そもそも、取れ高に関わらず年貢を集めるほうが悪い」
兵六の言葉に、養父の吉次郎が「これ、兵六」とたしなめた。
「いえ、江戸の市村様のことを言っているのではございませぬ。父上を追い出し、代官の地位についた阿久沢のことを言ったのです」
ここ上州秋月村は、旗本市村家の知行地である。石高百五十。しかし、遠く江戸の市村家が自らの手で年貢を集めるわけではなく、実務は代官に任されている。
三年前まで、吉次郎はその職にあった。ところが、急に任を解かれ、この三年は阿久沢が代官をしている。伝え聞いたところでは、毎年百五十石を保証すると言って市村家の奥方に取り入り、主の知らないところで阿久沢を後任としたとのことだった。
「だとしても、いかんともしようがあるまい」
吉次郎は黙して腕を組むばかりだった。
翌日、兵六は吉次郎に申し出た。
「この不作では死人が出ましょう。村の若い者を連れて猪狩りに行ってまいります。半月は帰りませんので、留守をお願い致します」
家の土間に立つと、養母が寄ってきて、「無事を祈ります」と言って石を打った。
二十日ほどして、兵六は帰ってきた。後ろには兵六が雇った長吉、兼三、円之助があり、それぞれ猪を一頭かついでいる。
「これで少しは村も潤う」
安堵の表情を浮かべる吉次郎に兵六は耳元でささやいた。
「若い衆に猪を獲らせている間、実は私は江戸に行って参りました」
吉次郎が眉根を寄せた。「何用あって江戸へ」
「市村様にお会いし、村のこと、包み隠さず申し上げました」
「それで、なんと?」
兵六は懐から和紙を取り出した。吉次郎の顔色が変わった。上意と書かれている。
「まさか、そなたがやるのか」
兵六は、長吉、兼三、円之助を連れ、橋のたもとで阿久沢を待っていた。時は六つを過ぎ、あたりは夕闇に包まれている。
やがて、橋の向こうに阿久沢の姿が見えた。酔っているのか、機嫌よさそうにのんびり歩いている。後ろには用心棒らしき男が五、六人いた。
阿久沢が橋のこちら側まで来た。
「阿久沢だな」
「いかにも。貴殿は?」
「吉次郎が長男、兵六」
兵六は懐から和紙を取り出した。「上意である」
「笑わせるな」
阿久沢の声が終わらないうちに、和紙もろとも刀で払われた。みるみるうちに和紙が真っ赤になっていく。左手の小指が半分ちぎれ、ぶらぶらしていた。
「やれ」
阿久沢の声に配下の男たちが反応した。そこに長吉、兼三、円之助が助太刀に入り、橋の上では総勢十人近い男たちが小競り合いを始めている。兵六は欄干にもたれ、片膝をついて左手首を押さえていた。
阿久沢が歩み寄ってきた。
「こざかしい。もう終わりだ」
上段に構えた阿久沢の剣が頭上から振り降ろされる。その剣が兵六を真っ二つにするかと思われた刹那、兵六の剣が阿久沢の脛を払い、返す刀で阿久沢を袈裟掛けに斬った。
阿久沢はどうと倒れる。阿久沢の用心棒たちの動きが止まった。
ちりぢりに闇に消えていく用心棒たちを見送りながら、兵六はつぶやいた。
「これで父上に代官の座が戻った。村人も救われる」
(了)



