創作トレーニング実習 第19回発表
創作トレーニング実習 第19回発表
第19回の課題は、「小道具にテーマを象徴させ、ショートストーリーを書いてみましょう。小道具は大きくても、モノでなくてもOKです」でした。
採用作は、「ガラス=壊れやすい」という発想ですね。
ストレートですが、これが「蕎麦打ち体験」とかだとまったく印象が違うわけで、
その意味では小道具の威力を感じます。
■第19回採用作
琉球硝子
小山正太
工房に入るとすぐ厚手のジャケットを脱いだから、彼女と沖縄で出会ったのは冬だったと思う。観光バスで隣同士になり、お互い長く付き合った恋人と別れたばかりだと知ると話がはずみ、二人とも焼酎が好きという理由で、自由行動の時に琉球ガラス村で一緒にグラスを作ることになった。
「どの色にする? このブルーもかわいいよね」
施設内のレストランでアイスコーヒーをすすりながら彼女は言い、突然押し黙った。グラスに口をつけたまま彼女は一点を見つめている。視線の先には幼い女の子が赤いグラスに入ったミルクを飲んでいた。
「せっかくだし、温かい色がいいかな……」
彼女に合わせて僕も赤色のグラスを作ることにした。
夏場ほどではないものの体験希望者は多く、二人同時にグラスを作るのは難しいとのこと。彼女より五分遅れで工房に案内されると、球体が先端にくっついた細長い鉄棒を渡された。鉄棒の中は空洞で、球体は元玉と呼ばれるガラスの原液を固めたものらしくヌラヌラと照っていた。
すでに彼女は空洞に息を吹き込み、元玉を膨らませ、窯にくべた鉄棒をまわして形を整える作業に取り組んでいた。工房の人が気を使って、「元玉は割り砕かれた廃瓶を1300度で溶かして作られる」などと説明をしてくれたが、僕は彼女に見とれていた。鉄棒をまわす指先はなめらかに動き、息を吹き込み膨らませた頬は窯の炎のせいか紅潮しているように見えた。
「そんなに膨らませたら、薄くなって割れやすくなりますよ」
と注意を受けていたが、彼女は聞こうともしなかった。
「どっちが大きくできるか競争しようか」
無邪気に笑う彼女に誘われ、僕も強く息を吹き込んだ。
その晩、彼女のホテルの部屋で泡盛を飲むことになった。もちろん出来上がったグラスで。二つとも不格好で、大きくし過ぎたせいか色は赤というよりピンク近かった。そのくせ今にも壊れそうなほど薄っぺら。そっとグラスに泡盛を注ぎ、軽くこすり合わせる程度の乾杯をした。
彼女とは偶然、帰りの飛行機でも一緒になった。今も覚えているのは、彼女が何度かガラス村に訪れていたという話程度のものだから、バスの時みたいに会話ははずまなかったのだと思う。
僕らは空港で別れた。
「今度連絡するね」と笑顔で言ってくれたが、彼女からの連絡はなかった。
東京に帰ってきて、日常が戻り、仕事におわれる日々が始まった。旅行カバンは一週間もリビングに置きっぱなし。休日になってそのことに気づき、洗濯をするため恐る恐るカバンを開けた。中にはクシャクシャの衣類と丸められた新聞紙。
その新聞紙が何だかわからずにいたが数秒間で気づいた。つかんだ時には手の中でシャリシャリと音を立てていたから、すでに原型をとどめていなかったと思う。
新聞紙をゴミ箱に落とした時の砕け散った音だけは今でもハッキリと覚えている。
(了)



