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社員ブログ

小説抄 其の48「山際淳司『スローカーブを、もう一球』」

2011-05-31

2001年9月30日、優勝が絶望的となった巨人の最終戦を見ていた。9回、引退を表明していた槙原が登板して観客がわいた。槙原は打者一人を打ち取って降板したが、球場は再び大歓声。これまた今期限りで引退する斎藤が出てきた。投球練習が始まる。う、あの球ではやばい。アンチ巨人の私だが、引退試合に痛打される斎藤の姿が浮かんで切なくなる。思えば天王山での五連投は長嶋監督のために殉死したようなもの。大車輪の活躍をした斎藤はもはや廃車寸前の車だった。


対する横浜のバッターは鈴木尚典だったか。初球空振りで観客はどよめく。意外といいな。2球目も空振り。球場はやんやの大喝采だったが、一瞬疑念がわく。わざと空振りしている? 観客は気づかないようだが、次の一球で疑惑は確信に変わった。やっぱりわざとだ。あっぱれ横浜、粋なことをする。これは相撲で言う人情相撲、というか、去りゆく先輩への敬意なのだと悟った。ところが、次打者を見て、これはやばい!と。そこにいたのは助っ人外国人選手ドスターだった。


腰掛けで来て稼いで帰ろうという選手は記録に執着する。日本に対する愛着もない。クールにドライに打つだろう。悪いな、斎藤、引退試合なのに。案の定、ドスターは当たれば場外かというフルスイング。ところがこれが当たらない。それもそのはず、バットとボールが20センチも離れている。もしかして? いやそうだ。そしてドスターは三振した。豪快に、故意に。敬意は国境をも越えるのか。やるじゃないか、アメリカ人。ちょっと感動したぞ!


後年、横浜の佐々木投手の引退試合では、逆に巨人の清原が代打で登場、見送ればボールという落ちないフォークに三振をする。それが故意だと分かっていても「最後は世界一のフォークに空振りでした」と涙ながらに言われては、わざとでしょ、なんて無粋なことは言えない。スポーツは小説になりにくいが、かくも人間が垣間見えるときがあり、廃車同然でも敗者ではなく……ああ、山際さんのことを語る前に紙幅が尽きた。この話の結末は「Going!」か「すぽると!」で!(黒)