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社員ブログ

小説抄 其の43「西丸震哉『山だ原始人だ幽霊だ』」

2011-03-22

結婚式の前の晩(もう四半世紀も前だ)、予報を見ると降水確率80%、明日は台風が関東に上陸するとのことだった。こんな日に台風直撃だなんて、ついてないなあ、和服の人にも申し訳ない、と思ったとき、ふと思い出した。西丸先生は、食生態学の調査で山に入った際、雷雨に遭いそうになったが、雨雲に向かって「待ってくれ~」と言うと雨雲が止まったという。少し先は雨なのに一行の上には降らない。一行が歩くと、雨雲もついてくる。そして調査隊が宿舎に入った途端、大豪雨となったそうだ。


先生は不思議な力を持っているらしく、片手が麻痺して医者に見離された人を触っただけで治したりするのだが、そのくせ科学で証明されないことは信じず、幽霊らしき浴衣の少女が現れたときはバットで殴りつけたそうだ。バットは空を切る。背後のブロック塀を叩く。すると先生はこう結論づける。幽霊は物体ではないと。実証するためとはいえ、そんなことする? ちなみに先生の前世は玄宗皇帝を暗殺した安禄山だそうで、道を間違えていたら怖い人になっていたかも!


怖いと言えば、先生は呪い(藁人形)の実験をしたことがあるそうだ。結果、実験台にされた男は原因不明の痛みを訴え、「きっと僕は死ぬんです」と。こりゃいかん。すぐに呪いを解くと、翌日、彼はけろっとした顔で出勤した。その話を居酒屋で話すと、隣の席の人が言った。「やらなくてよかったですね。僕は実際にライバルを呪い殺しました。でも、殺される人には犯人が分かるらしく、報復される。殺されはしませんでしたが、ライバルの死後、僕の出す企画はなぜか一切通らなくなりました。僕は社会的に抹殺されたのです」


さて、結婚式の前の晩、先生を真似て、どこにあるか分からない雨雲に向かい、それが雲散霧消して晴れ渡るイメージを浮かべ、「晴れろ、晴れろ」と無心に念じた。でも祈るという行為はとてつもないエネルギーを要すものらしく、10分もしないうちに疲れ果て、あほらしくなって眠ってしまった。ところが、翌日、目を覚ましたら外が明るい。天気予報は「昨夜、台風は突然北陸方面に進路を変えました」と。わおっ、雨やみの術って本当にあるんだ……いや、ただの偶然かな。(黒)


※偶然と言えば、西丸震哉先生の名前は関東大震災の最中に生まれたのが由来だそうで、今回の大地震が起きたのは奇しくも本稿の草稿を書いていたときでした。災害に遭われた方には心よりお見舞い申し上げます。また、一日でも早い復興をお祈り致します。