TK-プレス 其の41「ウィスキーぼんぼん」
中1の頃、親友の岡崎君が何かを読んでいた。「それなに?」と聞くと、「小説」とそっけなく言った。私は息を飲んだ。小説というのは大人が読むもので、子どもには到底嗜めないものだと思っていたから。なのに岡崎君は平気な顔をして読んでいる。それはたとえて言えば、中学生がズボンのポケットからトリスの小瓶を取り出し、ラッパ飲みするのを目撃したようなものだった。
岡崎君は「貸そうか」とも言った。「難しいんでしょ?」徳富蘆花だとか徳田秋声だとか四字熟語としか思えない作家を連想し、早くも腰がひける私。しかし、岡崎君は「全然」と言って笑った。それは「コーラで割ってあるから平気だよ」と言われたようなものだった。誘われるまま一口舐めてみる。「いける!」そう思うと同時に、俺はもう子どもじゃないぞ的な感慨が押し寄せてきた。
勧められた本は柳川創造の『いざ、カマクラの五人組』という作品だった。レーベルは秋元文庫、つまり、昭和40~50年代に流行ったジュニア小説だ。私はこの一冊で小説に嵌まり、その後、赤松光夫や富島健夫などを次々と読破していった。当時は、こんなおもしろい話を書くのだから、この人たちはソーセキやオーガイに匹敵する作家だと思っていたが、後年、書店の官能小説の棚で赤松、富島両氏の名を見たときは、勝手な思い込みながら、なんだか裏切られた思いだった。
柳川氏については、その後、文学の世界でその名を聞くことはなかった。気になって調べてみると、もとは脚本家であることが分かった。当時のジュニア小説は書き手不足だったから、筒井康隆、眉村卓といった大人の小説の作家だけでなく、脚本家にも声がかかってアルバイト感覚で書いていたのだろう。そう言えば、富島健夫ももとは芥川賞候補になったことのある純文学作家だ。
それを大人の文学の代用品と言っては叱られるが、今思えば、私たち子どもが、本物だと思って大人を気取って飲んでいたのはウィスキーではなく、ウィスキーぼんぼんだったようだ。ただ、少ないながら、中にはジョニーウォーカーやオールドパーが入ったものも確かにあった。(黒)



