TK-プレス 其の40「小説家って職業?」
戦前の芥川賞、直木賞の募集要項を見たことがある。今は応募形式ではないが、昔は雑誌、書籍の出版点数が少なく、同人誌にも優れた作品があったから、自薦・他薦による同人誌掲載作品や生原稿も受け付けていた。歴代の受賞作を見ると掲載誌が書かれており、生原稿で送られてきた作品が受賞したケースがあるのかどうかは分からないが、文芸誌や新人賞が数多く出てくる昭和20年代以前には、「文學界」と肩を並べて、同人誌と思われる名前の掲載誌がいくつかある。
「新潮新人賞」の募集要項には未発表の小説のほか、「過去一年以内に同人雑誌に発表したものも対象」と書かれている。これは前身である「同人雑誌賞」の性格を受け継いでいるから。また、昔の「文學界」には「同人雑誌批評」というコーナーがあり、多くの同人誌が送られてきた。石原慎太郎が本気で作家を志望するのは、「太陽の季節」の前に「一橋文芸」に書いた処女作「灰色の教室」が同欄の中で絶賛されたからだそうだが、昔の同人誌は新人発掘の場でもあったわけだ。
昔の作家は発表の場がなかったから同人誌を作って発表した。同人誌とは志望・志向を同じくする人の雑誌という意味だが、営利目的の商業誌ではない。世に出るための契機にという動機はあったとは思うが、就職活動とはちょっと違う。太宰も同人誌「海豹」に参加していたが、職業作家としての地位を築く以前も以後も、書きたいものを書いていた。書くことは空気を吸うようなもので、書かなければ生きていけなかった。書くことでようやく生きながらえることができた。
この頃の職業作家、今で言うプロ作家は、純文学作家の対極、つまり、狭義には食うために好きでもない通俗小説を書いている人を指した。漫画「三丁目の夕日」の茶川さんがそうだ。しかし、昔で言う純文学が衰退し、かつての大衆文学が高度に発展した今では、職業作家=プロ作家=専業作家という意味に変わっている。小説が商品になるシステムと社会思想があるのだから、それはそれでいい。でも、職業として作家を志向するのはどうか。っていうか、作家って職業?(黒)
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