TK-プレス 其の32「絶版を探して」
書店に行ってはある本を探していた。そんなとき、たまさか池袋に行ったついでに、かつて毎日のように通った芳林堂書店に行ったが、書店自体なかった。どうやら閉店になったらしい。他店にない専門書もあって人気だったのに、ありえない話だが、さあ、こうなると止まらない。その足で東京駅に向かい、日本一の売り場面積を誇っていた八重洲ブックセンターに行った。
余談を言えば30年前、「八重洲ブックセンターに行ってきてくれ」と頼まれたことがあった。「どこにあるんですか」と聞くと、「東京駅に行けば分かるよ」とにべもない。改札を出ると地下街にキヨスク程度の書店があったので、「すみません、ここは八重洲ブックセンターですか」と尋ねると、店主は大笑いし、「うちがそんな大型書店に見えるかね」。今思えば、確かに……。
探していたのは島崎藤村の『新生』だった。ここになければもう諦めるしかないと思って30分もうろうろしたが、やはりなかった。おかしい、確か新潮文庫にあったはずだがと思って『破戒』のカバーにある著作リストを見ると、なんとなかった! 藤村の著作が絶版になるなんて。ありえない話だ。もっとも年間の出版点数8万冊のご時勢では仕方ないのかもしれないけど。
書店がだめなら古書店だと神田に向かった。そのとき、ふと思った。昔から、なぜわざわざ他人の手垢のついた本など買うのだろうと不思議だったが、あれは安いから買うのではなく、新刊書店にないから仕方なくそうしていたんじゃないかと。突然、團伊玖磨を読みたくなった、源氏鶏太の本が必要になった、石坂洋次郎はどこに行ったんだ、武者小路実篤は……とか思って。五十年後、おじさんたちは「昔、村上春樹って本屋さんにいっぱいあったよね」とかなんとか言っているのだろうか。ありえなくもない。すくなくとも“いっぱい”はないな。
で、結局、藤村の『新生』は見つからず、最初からそうしていればよかったのだが、amazonで古本を買ったのだった。しかし、五十年後はそれもないかも。(黒)
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