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社員ブログ

小説抄 其の29「浅田次郎『鉄道員』」

2010-09-07

初めてビートルズを聞いたとき、A面1曲目の「Love me do」をいい!と思い、次の「Please please me」はもっと気に入り、「From me to you」「She loves you」とどんどんよくなっていくので驚いたことがあった。日本の歌手の場合、一発ヒット曲を飛ばし、それが気に入ってアルバムを買ってみると、ヒット曲以外は聞くに堪えない曲だったり、そこまではいかなくても「CMソング『○○』収録」と書かれたその『○○』を超える曲があることは本当に稀なことだったりする。


小説の短編集にも似たようなところがあり、表題となるようなデビュー作こそ読めるが、ほかはどうということもない凡作か、二番煎じだったりして、表題作以外は単行本化するための数合わせじゃなかろうかと思ったりすることもある。いや、そこまでひどいのは少ないが、「むしろ、こっちのほうが表題作にふさわしいぞ」と思うこともまた稀であるのは確かだ。


その稀があった。『鉄道員(ぽっぽや)』がそうで、これはこの短編集を読んだ十人中十人がそう言う。『鉄道員』には、順に「鉄道員」「ラブ・レター」「悪魔」「角筈にて」「伽羅」「うらぼんえ」「ろくでなしのサンタ」「オリヲン座からの招待状」の8編が収録されているが、映画にもなった「鉄道員」を押す人は意外と少ない。私もそうで、これは私に問題があるのだが、当初バリバリの純文学だと思って読み始めてしまったので、途中で「なんだ、幽霊か。アホらしい」と思ってしまい、そんな話ばかりだったらうっちゃっておこうかと本気で思ったくらいだった。


ところが、「ラブ・レター」「悪魔」「角筈にて」とどんどんおもしろくなり、そのまま右肩上がりで「オリヲン座からの招待状」まで行ってしまった。これは表題作を間違えていると、いい意味で不満が残ったほどだった。この8編を対象に100人に人気投票をしたら、たぶん、「鉄道員」が5票ぐらいで、あとの95票を7編が均等に分け合うのではないか。そう思うほど甲乙つけがたい。今、こうしてタイトルを見ても、「鉄道員」以外はまったく順位がつけられない。(黒)