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社員ブログ

小説抄 其の24「村松友視『私、プロレスの味方です』」

2010-06-29

プロレス好きの親友と飲んでいたとき、「あんなの八百長だろ」と言ったら議論になり、そのうち口論、最後は大喧嘩になってしまった。翌日、知りもしないで批判するのはフェアじゃないと反省し、一年間は我慢して中継を見て、それから完膚なきまで論破してやろうと考えた。


その日の長州力&キラー・カーンvs.藤波辰爾&前田明戦は試合前から乱闘で、トップロープから飛び降りたカーンの膝がもろに前田の首筋に決まり、前田は負傷して控え室へ。二対一では試合はできないし、どうなるの?と思っていたら、アントニオ猪木登場。入門ほやほやの若手をリングに上げるや、シャツを引き裂き、景気づけに往復ビンタ! 急遽、即席コンビ結成となった。


若手はドロップキックなどを放って観客を沸かせた。意外とやる。そんな気がした。しかし、本当は遊ばれていただけだったらしく、数分後、カーンが「お客さんも喜んだし、もういいだろう」ってな顔でチョップを見舞うと呆気なくダウンし、直後に長州のリキラリアットを食らって一発でマットに沈んでしまった。無理すればまだ戦えたような気はしたが、若手の目は「もう無理っす」と言っているような気がした。ちなみのこの若手、名を高田信彦という。


村松友視は「プロレスは真面目に見てはいけない。クソ真面目に見るべきである」と書いているが、確かに先入観で見ていた部分はある。当時の私もそうで、「八百長ではなければ殺し合いになるはずだ」という恐ろしくお粗末な考えで見ていたのだが、クソ真面目に見てみると、それまではウソとしか見えなかった行為も違って見えた。たとえば、椅子の堅い部分で頭を殴ればかなりのダメージを与えられると思うが、すれば明日は我が身だから、座席部分で背中や臀部を叩く。それは故意というより、明日への不安がさせる極めて人間的(弱さ)の現われだろう。


中継を見始めて一年後、「真剣」の解釈が違っていたと例の親友に話したら、「ヒールとベビーフェイスという二項対立がないとおもしろくない。同調されたら議論にならないが、その現象学的還元は評価する」と。なんじゃ、それ? 素直にうれしいと言えばいいものを……。(黒)