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社員ブログ

小説抄 其の20「岸田秀『ものぐさ精神分析』」

2010-05-04

その昔、バイト先の店長に「明日、六本木に応援に行ってくれ」と言われたことがある。本店のウェイターが人手不足だと。六本木? 聞いたことはあるけど、どこにあるんだろう。その程度の知識しかなかったが、とにかく翌日、日比谷線に乗った。行ってみればなんのことはない。店が違うだけでやることは同じ。違うのは、やたらと芸能人が来ることぐらいだった。


ただ、私は芸能人に興味はなく、先輩に「おまえがレモンスカッシュを持っていった子、今年デビューした堀ちえみだぞ、ついてるなあ」などと言われても、あんなどこにでもいるような女の子に大騒ぎしてバカじゃなかろうかとしか思えず、やんわりそう言うと、「なんで感動しないんだよ、芸能人としゃべったんだぞ」と。しゃべったって、「ご注文は?」だけなんですけど。ミーハーの考えることは、よく分からん……。


話はがらりと変わる。思春期ともなると、どうでもいいようなことに思い悩んだりするものだが、それらのすべてに明確に答えてくれた人がいた。それが岸田秀の性的唯幻論だった。かなり強引な論理だったような気もするが、悩める私には天啓を与えてくれる神のような存在だった。


仕事ではあるが、その人と会うことになった。緊張しながら居間で待っていると、少しして岸田さんが現れた。癖毛なのか、少し髪が乱れている。羽織っているジャケットはよれよれで、ズボンとの色合いもかなりえぐい取り合わせ。しかも、ソファに座ると靴下が丸見え、いわゆるつんつるてんだった。そして、それを見て「超かっこいいぞ、これぞ、まさに学者の正装」としびれまくる私。カメラマンは「ちょっとおぐしが」と気をつかっていたが、バカを言うんじゃない、そこがいいんだよ!


社に戻り、今日の興奮を伝える。しかし、皆一様に首を傾げ、「よく分からん」と。なぜ分からないかなあ、生の学者と会ったんだよ、興奮するに決まってるだろと言いながら、あ、これがミーハーってやつか、とやっと気づいた私はドジでのろまな亀でした!(黒)