小説抄 其の19「筒井康隆『乱調文学大辞典』」
冒頭の「自序」にはこうある。《真面目な人、ふざけたことが嫌いな人、笑わされると怒る人、書物に教養を求める人、文章には思想がなければならぬと思っている人、この本はそういう人たちには無縁のものである。》。そう断り書きをしたのは、この辞書を見て、真面目に誤りを指摘してくる読者がいたからだそうだ。
たとえば、辞書の「あ」の項目に「アウトサイダー」とある。真面目な辞書なら「枠組みから外れて行動する人」とか「局外者」と記載するところだが、『乱調文学大辞典』では「密造の清涼飲料水」となっている。もじりである。「岩波書店」の項目には「『星の王子さま』以外にSFを出したことのない一流出版社」とある。皮肉である。「悲喜劇」の解説は「きんたまが浴槽の吸込口に入って抜けなくなること」とある。冗談である。
かと思うと、「石川啄木 詩人。歌人。日本短歌史上不朽の大作家である。彼は中学時代にカンニングをし、二回も発覚したという」といった実話も紛れており、よく読まないとどこまでが事実で、どこまでがパロディか分からなくなる。ある意味、教養が試される本でもある。
さて、『乱調文学大辞典』には「あなたも流行作家になれる」という巻末付録があり、そこに意外なことが二つ書いてあった。一つは、「ぼくの家に送られてきたいくつかの小説の中には、レポート用紙に横書きにしたもの、細い字で便箋にぎっしり書きこんだもの、そしてまた、トレーシング・ペーパーに鉛筆でなぐり書きしたものまであった」と書かれていること。そんな人いる? しかも、作家の平井和正まで「いざ小説を書き出そうという時になるまで原稿用紙の存在を知らなかった」とあり、そんなバカな! と思ってしまった。
もう一つは、「書き出しは升目をひとつあけて書く。それ以後も、改行するたびに一字分落して書く。会話の場合のカギかっこは一字目に書いてもいいし一字落してもよい」とあったこと。この本(文庫版)の初版は昭和50年だが、「かっこで始まる文章の場合は一字空きをしない」という書き方は、この頃にはもう作家自身がやっていたわけだ。これは意外だった。(黒)
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