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社員ブログ

小説抄 其の17「五木寛之『戒厳令の夜』」

2010-03-23

以前、『13日の金曜日』という映画を観に行ったとき、席を確保しようと早めに場内に入ったら、まだ前回分の上映中で、ジェイソンが池の中から飛び出してくるシーンに出くわしてしまった。見る前に結末を知ってしまうなんて。まったくトホホと言うしかなかった。


それから数年後、友人宅でテレビのスイッチを入れたら『戒厳令の夜』という映画が始まるところだった。友人は見たがったが、私は困った。実はちょうど原作の『戒厳令の夜』を読んでいたところだったのだ。今、佳境に入ったところなのに、読む前に結末を知らされてはたまらない。『13日の金曜日』の悪夢が甦る。


結局、友人は一人テレビの前に座り、私は六畳一間の片隅で原作の続きを読み始めた。当然、テレビの音は耳に入るが、なんの、精神一統何事かならざらん。友人はわざとらしく「おお」と大声をあげ、だけでなく、私の肩をたたいて「おもしろいぞ」と誘い水をまくが、私はイヤホンをつけ、さらに雑音を消そうと『戒厳令の夜』を音読して応酬する。アホだな。


今考えれば、放送が終わるまでファミレスでお茶でもしながら読んでいればよかったと思うのだが、貧乏学生にはそんな発想はなかったのかもしれない。あるいは、飯までご馳走になって友人を残していくのは申しわけないという気持ちもあったかもしれないが、とにかく、そんな状態で11時を迎え、ぼちぼち放送も終わりだろうと気を抜いたのがいけなかった。画面に集中していた友人が言った。「うわあ、その手があったか」


その手って何だ。このあと、どんな展開になるんだ。どんでん返しがあるのか。気になって仕方なかったが、小一時間後、ようやくページはクライマックスに至り、気づくと私も無意識にこう言っていた。「うわあ、その手があったか」。しかし、すぐについさっき友人もそう言っていたことを思い出し、なんだかご馳走をさらわれた気分になったのだった。ああ。(黒)