Logo
employee blog

社員ブログ

TK-プレス 其の17「超下手くそな名文」

2010-03-16

少年野球の指導者になって十年が経つ。部員のD君は五年生だが、頭脳は二年生並みで、ブロックサインが理解できない。何度説明しても首を傾げる。仕方がないので、「右手を挙げたら盗塁、これならOK?」と聞くと、それなら分かると言う。それにしたって実行できるまでに半年かかった。半年後、「左手を挙げたら送りバント」を追加してサインを出したら、打席でバントの真似をして、口パクで「バント?」と言ったので、ベンチの大人は一斉にコケてしまった。


さて、年度末になると毎年卒業文集を作る。卒業生は野球部での思い出を綴り、在校生は卒業生に宛てた作文を書くのだが、ある日、原稿用紙を渡したところ、D君は「作文は書けません」ときっぱり。「好きなように書けばいいから」と言ってまた机に座らせたが、隣にいた秀才君が「書き出しは一字空けるんだ、バーカ」とか、「話が変わったら行を変えろよ」とか、ありがた迷惑なアドバイスをするのでますます書けなくなってしまった。


それでもようやく半ページほど書けたので、「凄いね、大したもんだ」と大げさに褒めたところ、D君の目つきが変わり、突然ペンが走り出した。しばらくすると、作文は原稿用紙二枚目にかかっており、「そろそろまとめて」と言ったが、餌を食っている最中の犬のように集中しており、もう止まらない。結局、三枚強を書いたところでようやく脱稿した。


書きあがった作文はめちゃくちゃな日本語だらけだったが、読んでいてあることに気づいた。三行おきぐらいに「ほめてくれてありがとう」と出てくるのだ。いつも「バカ、バカ」と言われているので、たまに褒められるとうれしいんだろうなと思いながら、繰り返し出てくる「ほめてくれてありがとう」を読んでいるうちに、なんだか感動して泣きそうになってしまった。それはまさに「早く帰ってきてくだされ」が何度も出てくる野口英世の母シカの手紙と同種の名文だった。こういう文章を目の当たりにすると、テクニックっていったい何? と思ってしまうよね。(黒)