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社員ブログ

小説抄 其の15「レイモンド・チャンドラー『プレイバック』」

2010-02-23

遠藤周作は学生時代、一日一冊本を読んでいたと聞き、よし、俺も!と十八の春に思い立ったが、一日一冊計画は一週間後に早くも挫折した。ただ、年間に何冊読めるかは試してみたかったのでメモしておき、その年は百冊以上読んだ記憶があるが、メモをするのが煩わしくなり、いつしか本の最後のページに読了した日付を書くようになった。


今年の年末、本棚の掃除をしていたら奥のほうからルネ・ジラールの『欲望の現象学』が出てきた。そういえば昔、漱石を読み解く参考書として読んだなと思いながら最後のページを見ると、読了した日付がない。ページも糊のきいたワイシャツみたいにパリッとしている。してみると、読んだつもりになっていただけで、実は読んでいなかった? でも今さら読む気にはなれない。引退するスポーツ選手じゃないけど、体力の限界!


似たような勘違いをした本がもう一冊あった。それが『プレイバック』。友人にチャンドラーファンがいて、文学談義の席でよく話題になったのだが、読んでないというのは実につまらないもので、ただ相槌を打っているだけの首振り人形と化してしまう。それで俺も読まなければと強迫的に思っていた。しかし、どうも食わず嫌いというか、数年は本棚に眠っていたと思う。


あるとき、意を決して読んでみた。そのとき、ストーリーを追っていて妙な既視感を覚えた。手にとるように筋が予測できるのだ。このあときっとこうなるに違いないと思うと、果たしてそうなり、ついにはラストシーンまではっきりと予想できた。俺の頭脳はチャンドラーと同じレベルなのか! 興奮しつつ最後のページを開くと、なんとそこには数年前の日付があった。どうやら、一度読んでいたのに、読んでない、読まなければという意識だけが残ってしまっていたらしい。道理で……。再読に耐える作品ではあったけれど。(黒)