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社員ブログ

TK-プレス 其の14「作家名と思い込み」

2010-02-02

純文学作家になって十年が経つのにさっぱり売れないのは、きっと名前が悪いせいに違いない、と思ったかどうかは分からないが、筆名を庄司薫に変えて『赤頭巾ちゃん気をつけて』を発表した。それは思惑通り注目され、第61回芥川賞を受賞する。別に名前で売れたわけではないだろうが、本名の福田章二だったらどうだったろうか。三島由紀夫にしろ司馬遼太郎にしろ、平岡公威、福田定一名義だったら売れていない、ということはないと思うが、食いつきは悪かったかもしれない。


庄司は章二のもじりだが、もじりと言えば、江戸川乱歩はエドガー・アラン・ポーをもじって名付けられた。太宰治(津島修司)はダダイズムから来ているというが、これは後付けかもしれない。親に「くたばってしまえ」と言われて二葉亭四迷にしたというのは、俗説ながらつとに有名。


なんらかの理由で本名を隠す場合もある。コラムニストの泉麻人は「テレビガイド」の編集者だったので本名の朝井泉をもじって付けた。『日本人とユダヤ人』のイザヤ・ベンダサンは山本七平で、奇作『家畜人ヤプー』の沼正三も変名だ。理由は読めば分かる。


イメージを払拭するため、ジャンルによって名義を変える場合もある。官能小説の宇能鴻一郎は推理小説では嵯峨島昭。胡桃沢耕史の純文学の名義は清水正二郎。同じく純文学の色川武大は『麻雀放浪記』で阿佐田哲也を名乗ったが、これは「朝だ、徹夜」のもじり。作家・詩人の辻井喬はセゾングループの堤清二だが、これは本業との使い分けと言うべきか。


以前、「和佳」を「わか」と読んで女の子だと思っていたら、「かずよし」という男の子だったことがあったが、人の思い込みは奔放で歯止めが利かない。昨年、直木賞を受賞した北村薫は覆面作家としてデビューしたが、名前から勝手に女性だと思っていた男性ファンは、のちに公開された顔写真が中年のおじさんだったのでショックで寝込んだとか。本人のせいではないけどね。(黒)