言葉処 其の93「タバコロード」
タバコの起源はマヤ文明で、持ち帰ったのはコロンブス。当時は薬効があると言われていたために世界中に広がり、日本には1542年、鉄砲とともに伝来した。日本語ではポルトガル語の「tabaco」に「煙草」「多巴古」「佗波古」「多葉粉」「莨」の字があてられ、その行為は「吸う」ではなく「喫(の)む」と言った。ちなみに英語では「tabacco」と書き、「cigarette」は紙巻きタバコを指す。
日本で紙巻きが主流となるのは明治以降。銘柄は「朝日」「新生」「憩(いこい)」「響(ひびき)」「誉(ほまれ)」など漢字が多く、「チェリー」「ゴールデンバット」は戦時中、「桜」「金鵄」に変えられた。戦後は「ホープ」「ピース」「ハイライト」「カレント」「エコー」「セブンスター」といった横文字が主流になり、日本語の銘柄は「峰」と「わかば」と「宙(おおぞら)」ぐらいだった。
「今日も元気だ たばこがうまい」は「いこい」の宣伝文句だが、この時代、映画のヒーローもギャングもみなタバコを咥えていた。また、今ではタバコのニオイを付きにくくする薬剤や、ニオイを抑えたフィルター(D-spec)が流行りだが、当時は「男らしいたばこの香り」と銘打った整髪料まであった。しかし500年以上も続く喫煙という文化は、1980年代以降急速に衰退していく。
きっかけは1978年の「嫌煙権確立を目指す人びとの会」の発足。「嫌煙」という言葉の普及によって、にわかに「昔からあのニオイが嫌いだった」と言い始める人が増えた。言葉を知って初めて無意識にあった概念を顕在化できたわけだ。コロンブスは図らずもインドと間違えて新大陸を発見したが、タバコと梅毒を流行らせたのはオレのせいじゃないと草葉の陰で言っているかも。(黒)



