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社員ブログ

言葉処 其の84「桜考」

2009-04-07

子供の頃、桜の下で掃除をしていると、掃いたそばから花びらが降ってくるので、いっそいっぺんに散ってくれと無粋なことを考えた。正直、目障りだったし、花見などは俗物のすることと思っていた。陽水は「桜三月散歩道」で「だって狂った桜が散るのは三月」と歌い、梶井基次郎は『桜の木の下には』死体が埋まっていると書いたが、桜には死生観を呼び覚ます魔力がある。


そのせいか、名作には桜を詠んだものが多い。「願わくは花の下にて春死なんそのきさらぎの望月の頃」(西行)、「久方の光のどけき春の日にしず心なく花の散るらむ」(紀友則)、「さまざまの事 おもひ出す桜哉(芭蕉)」、「死に支度いたせいたせと桜かな(一茶)」。「敷島の大和心を人問わば朝日に匂ふ山桜花」は特攻隊の象徴のようになっているが、本居宣長にその意図はなかったろう。


一方、「あおによし奈良の都は咲く花の薫ふがごとく今盛りなり」の「花」は梅だ。だが、歴史の授業で教わった「桜が愛されるようになったのは平安時代以降」というのはウソだそうだ。梅は大和朝廷の頃に中国から渡来した流行のブランドで、そこで和歌を作るとなるとミーハーたちが気取って題材にすることが多かったのだが、桜は桜で人々に愛されていたというのが事実らしい。


桜は日本原産で、原種は山桜などの10種ほどだが、掛け合わせは600種以上もあり、江戸時代に染井村の植木屋さんが大島桜と江戸彼岸を掛け合わせて作ったソメイヨシノも園芸品種だ。また、「冬桜」「十月桜」「不断桜」といった春以外に咲く桜もあり、初めはそうとはつゆ知らず、天変地異の予兆だと思ってしまった。秋空に桜は野暮ではないが、やはり絵にはならない。(黒)