言葉処 其の76「なぜつまらないもの』と言うか」
2009-02-10
「つまらないものですが」という言い方は、単にへりくだって言っているだけだと思ったが、さにあらず。かつての日本人は他人から施しを受けることを恥と考え、簡単には受け取らず、中には「我が家が貧乏に見えしか」と激怒する人もいたから、仕方なく「つまらないものですから」と言って強引に手渡したのが、この社交辞令の始まりだそうだ。むろん、父祖の時代の話。
一方、もらったら「お返し」をし、それが恩なら「恩返し」として返すが、これは「恩を受けた相手に直接返す行為」を指したそうだ。だから、受けた恩を別の人に返すような場合は厳密には「恩返し」とは言わず、明治ぐらいまでは「恩送り」と言った。これは恩をひとつの荷物として捉え、受けたら誰でもいいから誰かに返すというもの。この発想は洋の東西を問わないらしい。
映画にもなった『ペイ・フォワード』(原題『Pay it forward』)は、意訳すれば「次に回せ」。「世界を変える方法を考えて、それを実践しよう」という課題を出された11歳の少年が、一人につき三人の人を助け、その善意をねずみ算式に増やすことを思いつくという話だが、この発想はまさに「恩送り」だ。ただ、恩は順々に送られるが……まだ見ていない人がいたら困るので以下省略。
モースの『贈与論』によるとポトラッチという部族は、お返しするものがないと代わりに今あるものを捨て、家族を殺すことさえあるという。返すにしろ失うにしろ、もらうことで生じた精神的負荷がなくなればいいのだ。その意味ではお返しはしたいからするのではなく、せざるを得なくてするもの。「つまらないもの」という言い方は、そのときの精神的負荷を軽減する。(黒)



