言葉処 其の30「なぜ小説と言うか」
西洋では共通語としてラテン語が用いられていたが、中世フランス文学は通俗ラテン語=ロマン語で書かれていたため、以来小説はロマンと呼ばれるようになった(多くが冒険譚、恋愛譚だったため転じて冒険や恋愛の意味にもなった)。1985年にノーベル文学賞を受賞したC・シモンやロブ=グリエのヌーヴォー・ロマンは、「新しい冒険・恋愛」ではなく「新しい小説」という意味だ。
一方、小説にはノベルという言い方もあるが、この語源は日本語の「述べる」である(ウソ)。ボッカチオの『デカメロン』がノベラと呼ばれたのが始まりで、狭義には写実的な長編小説を指す。これがロマンとの違いだが、日本語では一律小説と言う。ちなみに文学表現上のリアリズムは現実主義とは訳さず写実主義と訳す。二葉亭四迷の『浮雲』は写実的だが、現実的ではない。
日本語の小説の語源は? 中国では国史に対して民間の俗話を稗史小説と言い、ここから来たとも言われる。滝沢馬琴は『南総里見八犬伝』を小説と言っていたが、これは稗史小説の略だろう。また、君主によって書かれた志(大説)の逆で、個人の思想や人生感を意味する「小編の言説」の略という説もある。こちらはノベルの対訳として明治期に坪内逍遙らによって命名された。
西洋でロマン、ノベルという言い方がある一方、日本には私小説という独自のジャンルがあり、これはどう訳す? ドイツの一人称小説を転用してイッヒロマンと言ってもいいが、私小説は三人称の場合もあり、形式では区別しにくい。ならばSamuraiやTsunamiに倣ってShishosesuと称し、感覚的に理解してもらおうか。ブルース・リーじゃないけど、Don’t think.Feel!と言って!(黒)



