言葉処 其の29「意訳・音訳・直訳」
中国語でコカコーラは「可口可楽」、アインシュタインは「愛因思坦」、ニュートンは「牛頓」で、これらは音訳。家電の「兄弟」(ブラザー)は直訳で、「南天群星」(サザンオールスターズ)、「十一羅漢」(オーシャンズ・イレブン)はなかなかの意訳だが、「熱狗」(ホットドッグ)、「陸地巡洋艦」(ランドクルーザー)は苦しいし、「化学超男子」(ケミストリー)に至っては笑うしかない。
カタカナのない中国語ほどではないが、日本語にも歌留多、天麩羅、硝子、金平糖といった当て字があり、明治以降に顕著に見られる。燐寸(マッチ)、麦酒(ビール)、風琴(オルガン)、手風琴(アコーディオン)などもそうだろう。浪漫(ロマン)や場穴(バケツ)は漱石の作だそうだが、明治人の苦労が忍ばれる。遮断はシャットダウンの当て字という説があるが、だとすれば絶妙だ。
Baseballは直訳すれば「塁球」だが、中国では「棒球」、日本では「野球」だ。「野球」と意訳したのは正岡子規と言われていたが、子規の先輩、中馬庚説が有力だ。ただ、子規も野球好きで、本名の「升」(のぼる)をもじって「野球」(のぼーる)なる雅号を用いていたことなどから俗説が生まれたようだ。子規の出身地、松山にある野球博物館は「のぼーるミュージアム」と読む。
野球は明治5年に伝来したそうだが、そのせいか勇ましい言葉が多く、右翼手、左翼手などは鶴翼の陣を髣髴とさせる。遊撃とは当面の敵を持たず機に応じて味方を援護することを言うが、二塁と三塁の中間にいるショートストップを遊撃手と訳したのは言い得て妙だ。むろん、「遊」は遊興の意ではなく、「ハンドルのあそび」など本業や目的が一時中断した状態を指す。(黒)



